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新潟地方裁判所高田支部 平成7年(ヨ)3号 決定

債権者

加藤節子

債権者

竹田美恵子

債権者

川上尚子

右債権者三名代理人弁護士

鈴木俊

金子修

中村洋二郎

中村周而

土屋俊幸

近藤明彦

債務者

労働福祉事業団

右代表者理事長

若林之矩

右代理人弁護士

太田恒久

石井妙子

深野和男

主文

一  本件各申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は債権者らに対し、それぞれ別紙請求債権目録記載の各金員を仮に支払え。

2  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  債務者は、労働者災害補償保険法、労働福祉事業団法により昭和三二年に設立された特殊法人で、全国三九か所において労災病院を設置し、これを経営している。債権者らが勤務していた新潟労災病院(以下「債務者病院」という。)は、そのうちの一つであり、一五診療科目を有し(〈証拠略〉)、ベッド数三八五、従事者数は約三八〇名(〈証拠略〉)の総合病院である。

2(一)  債権者加藤節子(以下「債権者加藤」という。)は、准看護婦の免許を取得した者であるが、昭和五〇年九月に、債務者病院に臨時職員として雇用され、以後一ないし六か月の期間で契約更新を三十数回繰り返し、平成元年四月一日以降、債務者病院の規定変更により、債務者病院の嘱託の取扱いに関する達・平成元年三月二九日達第一号(以下「達」という。)二条に規定する四号嘱託職員となった。債権者加藤の同六年三月三一日までの継続勤務年数は約一八年七か月である。

(二)  債権者竹田美恵子(以下「債権者竹田」という。)は、昭和六三年一月四日、債務者病院に期間三か月と定めて嘱託職員として雇用された後、看護助手として、同年四月一日、同年一〇月一日、平成元年四月一日、同年一〇月一日、同二年四月一日、同年一〇月一日、同三年四月一日、同年一〇月一日、同四年四月一日、同年一〇月一日、同五年四月一日、同年一〇月一日と一二回にわたって契約が更新され、同六年三月三一日までの継続勤務年数は六年三か月である。

(三)  債権者川上尚子(以下「債権者川上」という。)は、平成三年四月一日、債務者病院に嘱託職員として雇用された後、看護助手として、同年一〇月一日、同四年四月一日、同年一〇月一日、同五年四月一日、同年一〇月一日と五回にわたって契約が更新され、同六年三月三一日までの継続勤務年数は三年である。

3(一)  債務者病院庶務課長は、平成六年二月二四日に債権者加藤を除く債権者らに対して、翌二五日に債権者加藤に対して、同年三月三一日をもって雇用契約を終了させる、雇用契約を更新しない旨の意思表示をした。

(二)  債務者病院の雇止めの理由は、同年一一月に改築中の病院を一部オープンするに当たり、ベッド数は変更しないが、現在の七病棟から八病棟にする、これに伴い、同年四月から看護婦を一一人新採用するとともに、育児休暇明けの看護婦六名の職場復帰もあり、外来で勤務している債権者らを含む九名の嘱託が余剰人員になるというものである。

第三主要な争点

一  債権者らと債務者病院との期間雇用契約は、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在し、債権者らにおいて継続雇用の期待を持つことが当然であったか。

二  雇止めに正当事由が欠如していたか。

三  債権者らには保全の必要性があるか。

第四争点に対する判断

一  本件疎明資料と審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

1  債務者は、職員のうち一般職員に対して適用される職員就業規則と、職員のうち期限の定めのあるものに適用される「達」を定めており、右達によると、期間の定めのある職員は嘱託と呼ばれ、嘱託には、〈1〉医師、歯科医師及び理事長が指定する業務に従事する者で一般職員と勤務時間、休憩及び休日が同一である者(一号嘱託)、〈2〉研修を目的として雇用する医師又は歯科医師であって、一般職員と勤務時間、休憩及び休日が同一である者(二号嘱託)、〈3〉一号及び二号嘱託以外の者であって、一般職員と勤務時間、休憩及び休日が同一である者(三号嘱託)、〈4〉勤務時間が一日八時間未満、一週間四〇時間未満又は四週間を平均して一週間四〇時間未満の者(四号嘱託)、〈5〉監視又は断続的勤務に従事する者(五号嘱託)の五種類がある。債務者は、三号嘱託は、産休、育休等の代替要員として予定し、その雇用期間の更新の限度は通算二年とする一方、四号嘱託は、一日、一週又は一か月の契約勤務時間が一般職員の所定の労働時間よりも明らかに短いものとし、職種は限定せず、更新期間の制限は設けない運用をしている。なお、二ないし五号嘱託の任免権者は各施設長、(債務者病院の場合は病院長)とされている。

2(一)  債務者病院の看護部門は、外来、病棟、中央材料、透析の四部門に分かれるが、平成六年三月当時、このうち外来に配属されている看護職員は合計三七名である(なお、定員は三六名)。うち正看護婦が二一名、准看護婦が一三名、看護助手が三名であり、この中で、同月三一日以前の嘱託職員は一一名であり、うち正看護婦が三名、准看護婦五名、看護助手は三名である。心臓血管外科、呼吸器外科、皮膚科、小児科、眼科の外来担当は一名であるが、他の科には複数の看護職員が配置されている。外来の看護職員の仕事は、外来患者の受付、カルテの準備、検査・診察の誘導、検査のための採血、注射、ガーゼ交換、ギブス巻、診療後の会計の説明や次回の予約などであり、仕事の内容に関しては一般職員と嘱託職員との差異はない。しかし、労災病院に勤務する四号嘱託の看護職員と一般職員である看護職員では、勤務時間に差異があり(一般職員である看護婦は四週間平均して一週四四時間勤務とされているのに対して、四号嘱託の看護職員は一週間四〇時間未満である。)、俸給面でも一般職員である看護職員は、月給制で職位号俸制であるのに対して、四号嘱託の看護職員は時給月給であり、賞与は極めて少額であり、退職金の支給はなされていない。もっとも、債権者らの時給(これは管理者が、職種、業務の難易、責任の度合及び地域の賃金水準等を考慮して定めることとされている。)は更新を経るに従って上昇している。なお、同年三月三一日以前の四号嘱託職員二二名の配置状況は、外来に一一名、病棟に三名(全て看護助手)、中央材料に四名(内訳、正看護婦一名、看護助手三名)、透析(夜間)に四名(内訳、正看護婦一名、准看護婦三名)である。

(二)  債務者病院では、過去にも看護職員である四号嘱託職員を、平成二年に一名、同三年に七名、同四年に二名、雇止めによって雇用関係を終了させている。

3(一)  債権者加藤は、准看護婦の免許を有し、前記のとおり昭和五〇年九月から債務者病院で勤務しており、当初は内科・外科外来に勤務していたが、その後、成形外科、泌尿器科、放射線科の各外来に順次勤務が変わっている。勤務時間は、当初から、平日は午前八時三〇分から午後三時三〇分まで、土曜日は午前八時三〇分から午後〇時までであったが、平成五年一〇月一日の雇入通知書によると、勤務日は月曜日から金曜日まで(勤務時間六時間一五分)となっている。なお、同通知書によると、時間外勤務があるとされており、債権者加藤は同六年において一月に二時間一〇分、二月に二時間五五分、三月に一時間の時間外勤務をしている。

(二)  債権者竹田は、前記のとおり債務者病院に採用され、看護助手の業務を委嘱されて、当初は薬局で勤務をし、その後、順次、病棟勤務、脳神経科外来の受付業務をしている四号嘱託職員である。勤務時間は同五年一〇月一日から同六年三月三一日の間は月曜日から金曜日までの午前九時から午後一時まで(勤務時間四時間)となっており、時間外勤務があるとされているが、債権者竹田は同年においては二月に一時間の時間外勤務をしただけである。

(三)  債権者川上は、前記のとおり債務者病院に採用され、看護助手の業務を委嘱されて、内科外来で勤務をしている四号嘱託職員である。勤務時間は同四年三月三一日までは、平日は午前八時三〇分から午後四時まで、土曜日は午前八時三〇分から午後〇時一五分までであったが、その後、勤務日は月曜日から金曜日までの午前八時三〇分から午後四時まで(勤務時間六時間四五分)となっている。なお、雇入通知書によると、時間外勤務があるとされており、同三年四月一日及び同年一〇月一日の同通知書によると休日勤務をさせることもあるとされているが、同六年においては、債権者川上は時間外勤務及び休日勤務をしてはいない。

4  債権者らは、雇用契約を締結するに際して、債務者の人事担当者から雇用期間が満了すると辞めて貰うとの説明を受けておらず、また、更新に際しても、事前に契約更新についての交渉はなかった。また、債務者病院では、四週間を一期間として勤務表を作成しているが、右勤務表掲記の勤務日が更新期日後となる場合であっても、平成六年二月二五日までは、更新について債権者の意思を確認することなく勤務表についての希望を聴取していた。

なお、債務者病院は更新に際し、辞令と雇入通知書を債権者らに交付していたが、実際に債権者らに交付されるのは更新日から一週間を経過する場合もあった。

二  前記争いのない事実等及び右認定の事実によれば、債権者ら四号嘱託職員は、任免が簡易であり、勤務時間、賃金の面でも一般職員と明確な差異があり、債務者病院においては看護職員について過去にも雇止めの事例があったことは認められるものの、(一)債権者ら四号嘱託職員については職種は限定せず、更新期間の制限は設けず、産休、育休等の代替要員として予定され雇用期間の更新の限度は通算二年とされていた三号嘱託とは異なった運用がされてきたこと、(二)平成六年三月三一日までの継続勤務年数は、債権者加藤が約一八年七か月、債権者竹田が六年三か月、債権者川上が三年であり、更新回数は、債権者加藤が三十数回、債権者竹田が一二回、債権者川上が五回で、債権者らの継続勤務年数はかなり長期間であり、更新回数も多数回となっていること、(三)債権者らの雇用時において雇用期間が満了をしたときに辞めて貰うとの説明を受けていないこと、更新時において事前に更新の有無、更新後の契約の内容につき交渉はなされていないこと、更新の際に交付される辞令、雇入通知書は更新日から一週間を経過して交付される場合もあったこと、(四)債権者らの仕事は、勤務時間は異なるものの、仕事の内容自体については一般の看護職員との差異はなく、時給(地域の賃金水準のみならず、責任の度合も考慮される。)についても更新を経るごとに上昇してきていることが認められる。しかして、これらの事実によると、債権者らと債務者との雇用関係は期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となったとまではいえないものの、雇用関係を継続することが期待される関係であって、雇用期間の満了により雇止めをするに当たっては、解雇に関する法理が類推され、雇止めが客観的に合理的理由がなく社会通念上妥当なものとして是認することができないときには、その雇止めは信義則上許されないものとなる関係にあると認めるのが相当である。そして、その場合には期間満了後における債務者と債権者らの法律関係は従前の労働契約が更新されたと同様の法律関係になると解するのが相当である。

三  本件雇止めの合理的理由の存否

前記争いのない事実等及び本件疎明資料と審尋の全趣旨によると、次の事実を一応認めることができる。

1  債務者病院は、前記のとおり、一五診療科目を有する上越地区における中核的な総合病院であるが、開院以来三三年を経過し、建物設備の老朽化、狭隘化が顕著となったため、平成三年に改築について大蔵省の認可を得、同四年から同八年に掛けて改築工事を行うこととなっており、同六年一一月には本館(病棟)が完成した。右完成前の債務者病院の看護体制は七病棟であり、病棟勤務の看護職員については、昼間の通常勤務の他、中勤(午後四時から午後一〇時まで)、夜勤(午後九時四五分から翌朝午前八時四五分まで)体制を組んでおり(その他に、外来、手術・中央材料室、透析室の看護単位に分かれている。)、右七病棟のべッド数は四六ないし五九床(ほとんどの病棟が五五床)であった。債務者病院は、右本館の完成にともない、一病棟当たりの病床数を最大五〇床とすることとし、病棟数を七病棟から八病棟に増やすこととした。このため、六名の看護職員が不足することとなり、同五年一〇月から新卒者の募集を行ったところ、同六年度は一〇名の採用が決まった。また、釧路労災病院に応援のために派遣されていた一名が債務者病院に復帰し、さらに育児休業明けの者六名が復帰する予定となった。そこで、債務者病院は、新卒者一〇名と釧路労災病院からの復帰者一名を病棟に配置し、病棟勤務のベテラン看護婦六名と育児休業明けの看護婦五名(合計一一名)を外来に配置することとした。これは、外来部門の看護婦について、病棟部門の看護婦に欠員等が生じた場合に備えて、夜勤等が可能な一般職員(嘱託は一般に夜勤等を希望しない。)を配置することが望ましく、また、外来部門についても臨機応変かつ的確に患者と対応をするには看護助手ではなく看護婦の配置が望ましいとの方針に基づくものである。

なお、債務者病院は、同六年度中に正看護婦六名を一般職員として中途採用し、同七年二月に同年四月以降に一般職員として雇用する前提で正看護婦三名を三号嘱託職員として採用した。

2  債務者は特殊法人であるため、定員について国の認可が必要とされ、その経営にかかる各労災病院における職員数についても国からの認可された枠内で各労災病院の収支、患者数の実績を考慮しながら、定員の配置をしなければならないところ、債務者は、平成五年一一月ころ、同六年度の各労災病院の一応の定員を示し、同年二月一七日に開催された病院協議において、債務者が経営する各労災病院の収支の状況等を総合的に勘案して、最終的な定員が決定された。もっとも、債務者病院は、本館の完成にともない、五〇床の病棟(整形二病棟、内科一病棟、内科・小児科・眼科一病棟、合計四病棟)につき一般職員である看護婦一六名を配置し、右一六名で四週間を一期間として二名体制で中夜勤を実施しているが、五〇床・二名の中夜勤体制をとる他の労災病院においては、同四、五年度において一六名を超える病棟がかなりあり、債務者病院の従業員で組織する労働福祉事業団労働組合新潟労災病院支部では、右四病棟につき一七名の配置を要求していた(なお、債務者病院の同五年度の中夜勤の一期間の看護婦一人の平均は七・五回であり、これは債務者と労働福祉事業団労働組合及び全国労災病院労働組合との労使協定により定められた一期間一〇回、努力目標九回を下回っている。)。

3  その後、債務者病院は、病棟(看護助手)、中央材料室(看護婦一名、看護助手三名)の四号嘱託職員につき任意に退職するものがいるか否かを確認したが、右退職希望者がいなかったため、外来に勤務していた四号嘱託職員全員につき、前記のとおり同年二月二四日及び二五日に、新規採用職員等一一名が確保できたので、病棟からベテラン看護婦を外来に配置する、そのため、外来勤務の嘱託職員は剰員となるとの理由で雇止めをする旨の意思表示をした。

4  債権者らは、その後組合を結成し、同年三月一八日から同年四月二八日まで五回の団交を重ね、債務者は雇止めの理由につき改めて前記説明を繰り返した。その後、同年五月の連休明けに、債務者病院土井看護部長は債務(ママ)者加藤に対して、雇用の機会を提供する旨配慮することを伝えた。

四  右認定の事実からすると、本件雇止めは、外来部門の看護婦について、病棟部門の看護婦に欠員等が生じた場合に備えて、夜勤等が可能な一般職員を配置し、また、外来部門についても臨機応変かつ的確な患者との対応をするには看護助手ではなく看護婦の配置が望ましいとの方針に基づくものであり、これによって剰員となった外来部門の四号嘱託を雇止めをしたものであって、このこと自体は、一応の合理性が認められる。

しかしながら、債権者らは、期間の定めのある嘱託職員であるとはいえ、雇用契約の継続が期待されていたのであるから、本件雇止めの理由が、債務者側の労災医療、地域医療の的確な遂行という公益を目的とする場合であっても、債権者らの雇用の場を安易に奪うことは許されず、雇止めを回避するための相当の努力をすることが要求されると解するのが相当である。しかして、債務者としては、病棟(看護助手)、中央材料室(看護婦一名、看護助手三名)の四号嘱託職員につき任意に退職の意思がないかを確認をしていることは認められるものの、それ以外の雇止めを回避する方法を取っておらず(例えば、外来に配置されることとなる一般職員である看護婦の一部を病棟勤務とする、あるいは外来の四号嘱託職員については中夜勤ができるか否かを確認する等)、このような場合には、雇止めにつき客観的に合理的な理由があり、社会通念上妥当なものがあるとするに充分ではない。もっとも、債務者は国の定員管理の拘束のもとに各労災病院の収支、患者数の実績を考慮しながら、定員の配置を決定していることが認められるが、国の定員管理の実態がどのようなものであるかの疎明は充分でなく、他の労災病院では、五〇床・二名の中夜勤の体制で、平成四、五年度において一六名(債務者が同六年一一月から配属した人員)を超える病棟がかなりあることも考慮すると、国の定員管理があるから雇止めの回避可能性がないとすることはできない。現に、債務者病院土井看護部長は債権者加藤に対して、雇用の機会を提供する旨配慮することを伝えていること、また、同年一一月に一般職の正看護婦五名を中途採用したことはこのことを裏付けるものというべきである。

したがって、債務者の本件雇止めは信義則上許されないものといわなければならず、債権者らと債務者との間の法律関係は、従前の労働契約が更新されたのと同様の関係にあるものと解するのが相当である。

五  保全の必要性

本件疎明資料と審尋の全趣旨によると、次の事実を一応認めることができる。

1  債権者らと債務者との賃金の支払いは毎月一〇日締めの二〇日払いであるところ、債権者加藤の平成六年一月から三月までの月額平均支給額は一〇万四八五七円(円未満切捨て)、同竹田の同様の支給額が六万七四六六円、同川上の同様の支給額は九万二三一五円である。

2  債権者加藤は、有限会社信越通信センターに勤務する夫、義父母との四人家族であり、持家で生活しているところ、夫は約二二万円の月収であり、義父母は合計月八万円の年金を受給しているが、義父母からは家計への援助は受けていない。債権者加藤は実母が特別養護老人施設に入院しているため毎月二万円を送金しており、子供二人は独立しているが、婚姻等を控える時期となっており、また築後四〇年以上を経過した持家の補修費が多くかかる状態となっている。

3  債権者竹田は、五町三村衛生施設組合に勤務する夫、大学受験を控えた高校生の長男と持家で三人暮しである。夫の収入は月収手取りで約二六万円である。

4  債権者川上は、損害保険代理店を営む夫、長女と持家で三人暮しである。夫の月収は三五万円ないし二五万円であるが、右収入には必要経費を含んでいる。長女は働いており税込で月収一一万円の収入を得ているが、習い事などのため家計には右収入を入れていない。

5  当裁判所平成六年ヨ第二号地位保全等仮処分申請事件で、債権者加藤は三四万六六六六円及び同年九月から同七年一月まで毎月八万円、同竹田は、二一万六六六六円及び同六年九月から同七年一月まで毎月五万円、同川上は三〇万三三三三円及び同六年九月から同七年一月まで毎月七万円を債務者から支払を受ける旨の仮処分決定(以下「第一次仮処分決定」という。)を、同六年八月に得た。債権者らは、債務者病院に復帰することを考えているため、他で正式採用をして貰うための就職活動はしていない。債権者川上は、第一次仮処分決定後、一時アルバイトをしたことがある。

六  賃金仮払仮処分は、雇用の場を奪われて生活に支障をきたした労働者が、本案訴訟を提起、遂行するのに困難な状況にある場合に本案訴訟の実効を担保するために認められているものである。しかして、労働者が生活に支障をきたしているか否かは、同居の家族の収入、資産、さらに、労働者の得ていた賃金は労働者の労働力が顕在化したものであるから労働者が他所で就労することが可能であるか否か等を総合的に勘案してなされるべきである。

右認定の事実によると、債権者らはいずれも持家で暮らし、債権者加藤は夫及び義父母と、同竹田は夫及び長男と、同川上は夫及び長女と同居しているところ、(一)債権者加藤については、実母に毎月二万円の送金をしているとの事情はあるが、夫との月収の(ママ)合計約三三万円であり、夫の収入はその約六七パーセントであること、同居しているが義父母は合計月八万円の年金を受給しており、義父母からは家計への援助は受けていないものの、その援助を受けることは可能であると推認されること、債務者から雇用の場を奪われた平成六年四月以降、債権者加藤の労働力は潜在化したが、債権者川上がアルバイトとはいえ一時就労したことがあることからすると、第一次仮処分決定における最後の支払月である同七年一月までに、准看護婦の資格を有する債権者加藤は就労することは可能であったと推認されること、(二)債権者竹田とその夫の月収は合計約三三万円であり、夫の収入はその約七九パーセントであること、債権者加藤と同様に同七年一月まで他所に就労することが可能であったと推認されること、(三)債権者川上とその夫との月収の合計は約三九万円(夫の収入は二五万円と三五万円の平均で試算)であり、夫の収入はその約七七パーセントであること、夫の収入は必要経費を含んだものではあるが、長女が税込で月収一一万円の収入を得ており、長女の援助を受けることは可能であると推認されること、債権者川上は第一次仮処分決定後にアルバイトをしており、就労が可能であることがそれぞれ認められる。

これらの事実を総合勘案すると、現時点において、債権者らに本件仮処分の必要性を充足する事由があると認めることはできない。

七  よって、本件仮処分は、その必要性の疎明が認められないのでいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 菅原崇)

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